半世紀ぶりに開いた日記

diaryNo1.jpg
(日記No.1)


 デジタルデータとしての日記を書き始めたのが40歳。

 あれからすでに22年。

 トータルの文字数は、2011年1月18日現在、290万字となった。原稿用紙にすれば、優に8000枚を超える。

 よく書いたものだと思う。


 とはいえ、これはぼくの感覚で言えば、比較的最近のものにすぎない。


 もっと古い日記が残されている。

 はるか昔からの、数え切れないほどの日記類が書棚の引き出しに眠っている。それにぼくはうすうす気づいていた。

 自分で書いたものに「うすうす気づく」というのも変だが、あまりに古いことで、日々の暮らしからはすっかり忘れ去られていた。


 もう何十年も、手にすることはなかった。

 その理由を「忘れられていた」ことに帰するのは表層の理由で、実はウソ。

 何年かに一度、ふと思い出して、手にとろうとしたことはあったのだ。何度もあったのだ。

 だが、手にとって開く勇気がなかった。


 ぼくにとって、それらの日記はあまりにおぞましいもの。

 青春期のどろどろした芥に汚れたもの。

 正視するに堪えない激情のるつぼ。

 そんな気がして、引き出しを開けるのが怖かったのだ。

 あると知りつつも、そっと眠らせておいたのだ。


★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★

 ぼくはいったい、日記というものをいつから書き始めたのだろう。

 人生のはるか彼方にその始点があるのはわかる。

 それは、いつの日だろう。

 小学生の頃、夏休みの宿題に絵日記が課された。その種のものは除外しよう。

 自らの意志で主体的に日記を友とし始めたのはいつのことだろう。

 果てしない時間の深淵を覗き見ても、茫漠として、何も見えない。

 霧の奥から続いてくる道程の、霧が晴れたころには、もはや日記帳は手放せないものとなっていた。

 その始まりを特定することは、ぼくにはできない。


 いや、その手段が一つだけある。


 ぼくもはや62歳だ。あと一ヶ月で63歳になる。

 人生の秋たけなわである。紅葉と落葉がすでに始まっている。

 いつまでも恐れているわけにもいかない。そろそろ解禁のときか。

 おどろおどろしくて手にすることのできなかった古い日記の封を切るときか。


 勇気を出して、引き出しを開けた。

 二日ばかり前のことだ。

 ごそっとすべてを取り出し、まずはあらかた年代順に並べた。

 No.1からNo.21まで、ナンバーの振られたノートが21冊あった。

 残念なことに、うち1冊は人生の道程において紛失したらしく、現存するのは20冊。

 ほかに、通し番号のない日記が、これまた20冊ほど。

 小さな手帳類もあるはずだが、それらは別に仕舞っているのか、出てこなかった。


 また、クローゼットの奥には、段ボール箱に詰められて、書きためた原稿用紙がずしっと重く積み重ねられていた。

 雑誌に載せたり、人に見るだけ見てもらったもの(採用されなかったという意味)もあるが、大半は書いてそのまま積み置いたものだ。


 雑記帳、読書ノート、あるいは本来の専門であるコンピュータや数学に関する研究ノートの類は、家中のあちこちに散在していて、すぐには整理することもむずかしい。ぼくの精神労働の跡を一手に集約するのは容易ではないなと、整理の気持ちを起こしたとたん、辟易している。


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 ともあれ、日記と名のつくノートが40冊ほど出て来た。

 最も古いのは、どうやら中学1年の正月から書き出したものらしい。13歳の誕生日まであとひと月という、12歳の終わり方である。

 以来、ぴったり50年。半世紀になる。

 40歳までは手書きのノートで、それ以降はキーボード入力によって、ぼくは延々と日々を書き綴ってきたことになる。


 中学1年からのノートは、通し番号のない番外編。途切れ途切れで持続性がなく、一冊終えるのに3年かかっている。

 No.1と自ら記して、日記帳が本運転に入ったのは、高校1年からだ。以後No.21までノートは続く。

 途中に、ナンバリングされていないノートがほぼ同冊数、挿入されている。どうやら、市販の当用日記や、書店でもらった小振りのノートなどが「ナンバーなし」となったようだ。


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 ここ2日ほどで、中学1年からの分と、高校1年からのNo.1を読み終えた。後々のためにと、デジタル化しつつ読んでいる。だから少々時間がかかる。


 これまで、過去の自分を知る手段は記憶を掘り起こす以外になかった。だが、日記を手にしたことで、現在進行形で生きている自分に出会うことができた。鮮度を失わない、当時のままの自分がそこにいる。

 そのぼくを、今のぼくが、まるで空から俯瞰しているかのように客体視する。

 これは衝撃的な体験だ。

 懐かしさを越えて、不思議な、泣きたいような体験だ。


 書かれているエピソードのほぼすべてが、すでに記憶から失せている。これも衝撃だった。その日の情景を思い起こそうにも、記憶の側からは何の情報も得られないのだ。

 半世紀を経れば記憶はここまで消えてしまうのか。悲しくもなり、驚愕でもあった。

 「あっ、そう言えばそういうことがあったよな」と思い出すことができるのは、せいぜい記述されている出来事の一割。その一割のうちのさらに九割は、日記を読むことで初めて記憶の棚から引き出されたものである。日記がなければ、記憶に像が残っているにもかかわらず、想起されるチャンスなく墓場へ持ち越されたはずのものであった。


 日記という媒体なしに想起できていた記憶は、日記に書かれているエピソードのうちの高々1%ということになろうか。いや、たぶんもっと少ない。


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 日記を読んでいて、記憶の間違いや勘違いにも遭遇した。それも、ずいぶんたくさん。日記がなければ、何の疑いもなく信じ込んでいた記憶である。

 それらの間違い方のパターンを調べれば、何か心理学的なおもしろい結果が得られるのではないかという気すらする。


 一例を挙げよう。

 父が当時やっていた油揚げの仕事で、ぼくはある頃から配達を手伝わされるようになった。それが始まる時期を、ぼくは中学3年か高校1年のころからだと記憶していた。

 ところが、日記を読むと、すでに中学2年の冬には配達の手伝いをしている(始まったのはもっと前かもしれない)。

 しかも、記憶では、学校から帰宅した夕方(配達のおばさんが帰ったあと)、自転車に油揚げの箱をくくりつけて稲荷ずし屋に配達に行く情景が、際だって鮮明である。ところが日記によれば、朝、登校途中に迂回して、県庁内の食堂に油揚げを届けるケースが多い。

 当時、県庁内に白百合という食堂があったようで、「白百合にアゲを届けてから登校する」という内容の記述がずいぶん出てくる。しかもそれが単独に語られることはなく、必ず他の何らかの出来事に絡まって出てくる。たとえば、「そのために遅刻しそうになった」とか。

 他の出来事に関わったケースに限って、白百合が記録された、というのが真実であろう。


 この白百合記事を読みつつ、ぼくは「シラユリ」という言葉の響きをほのかに思い出すことができた。

 「学校に行くついでに、シラユリにこれを届けてくれ」

 と、父にしばしば言われた記憶が戻ってきたのだ。だけど、白百合という食堂が県庁内のどこにあったのか、どういうたたずまいをしていたのか、まったく思い出すことができない。白百合に立ち寄って油揚げを届けている自分自身の姿をすら、ぼくは一つも思い出せない。


 想像するに、登校途中にアゲを配達するという手伝いが、ぼくはいやでいやでたまらなかったのだ。ひょっとしたら友達に出会って、アゲをもって県庁に入っていく姿を見られるかもしれない。そんなことがあれば、子どもの繊細な感覚からして、立ち直れないほどの恥ずかしさだ。

 見られないにしても、油に汚れた新聞紙の包みをカバンと一緒に自転車にくくりつけて学校に向かう姿が、われながら情けなくてしかたなかったのだ。

 そうした嫌悪の思いが、白百合に関わる記憶をぼくの大脳から無意識のうちに消し去ってしまったのであろう。

 楽しくわくわくするような仕事であったとしたら、一度きりの手伝いであったとしても、記憶に鮮明に残るであろう。


 白百合への配達の記憶が消去された結果、ぼくの中では、油揚げの配達は中学3年または高校1年から始まったものと記憶されたのである。不思議なことだ。


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 ぼくは自分のことを、「書くのが好きな人間」と、昔から自覚してきた。だが、その起源がどこにあるのか、突き止めることはできなかった。

 日記を見ると、中学1年のとき、すでに詩や、短歌、川柳などを作っている。短編小説めいたものもある。

 自覚の根は想像以上に深いことに気づいた。


 『アンネの日記・オリジナル版』では、性への目覚めが各所に綴られている。一家の中でただ一人アウシュビッツから生還できた父親のオットー・フランクが、戦後『アンネの日記』を出版するに際して、そうした性に関わる箇所や、母親への激しい憎悪の言葉などを、意図して削除・変更してしまったことは、よく知られている事実である。


 ぼくの日記を見ていても、年齢とともにそうした記述が目につくようになる。「性」とまでは言わないまでも、異性への関心、興味がずんずん高まっていくのがわかる。

 政治、社会問題への関心も同様である。幼稚で浅薄なものではあるが、その面での目覚めもはっきり見てとれる。


 日記を読み、それをキーボードで入力する仕事は、当分終わりそうにない。


(2011.1.19)




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