腸(はらわた)

 連句をイメージしたリレー短文を思い立った。五七五七七にこだわらず、短文の連想リレー走をしようというのだ。
 スタートのお題は「腸」。
 「腸」を訓読みすると「はらわた」だという。少々変だ。概念図が一致しない。腸ははらわたの一部にすぎないではないか。
 そこで、「はらわた」を広辞苑で引いてみる。(1)腸、(2)臓腑とある。つまり、「はらわた」が腸だけを指すこともあるということだ。もちろん五臓六腑すべてを指すこともある。「はらわた」を訓読みにもつ漢字には、ほかに「腑」もある。これは頷ける。
 ちなみに、五臓六腑における五臓とは、肝臓、心臓、脾臓、肺臓、腎臓。六腑とは、大腸、小腸、胆嚢、胃、三焦、膀胱のことだという。三焦というのは聞きなれないが、漢方で使う言葉らしく、単独の臓器を指すわけではなさそうだ。
 ともあれ、五臓六腑は人間が生命を維持していくのに欠かせない基本的なエンジンおよび循環系統のすべてだといえそうだ。
 これと、脳を中心とする神経系統、すなわち思考、判断、記憶、伝達などの系統。この両者があいまって、人間としての生命が維持されているのだろう。
 それに引き替え、手足の部分は、体の移動や他者への働きかけには必要だが、生命維持の必需品とは必ずしも言えないのかもしれない。

 さて、ふたたび腸に戻るが、「腸」が単独に「はらわた」と呼ばれるには、それなりの理由があるのだろう。腸には他の五臓六腑にはない重要な働きがあるからだろうか。それとも、切腹するとまずぐにゅっと出てくるのが腸だからだろうか。腸は、五臓六腑の中では最下部に位置するが、体全体の中では真ん中だ。しかも、小腸までも含めれば、容積は五臓六腑の大半を占めていると言えそうだ。まさに腹の中心だ。はらわたの代表だ。そういうことだろうか。

 私はかれこれ三十年近く、腸を病んでいる。三十六歳という、壮年の盛りで大腸からの出血を見、潰瘍性大腸炎と診断された。そして、病名を告げられると同時に、「これは一生治りませんよ」と宣告されてしまった。
「ガンへの移行さえ阻止できれば、この病気自体が命取りになることはありません。でも、一生涯、潰瘍の進行と退行の波をくり返すでしょう。ガン化のおそれは常にあるので気をつけて下さい。現在の医学では、いまだに原因も治療法も見つかっていません。できるのは、ひどくなったときに症状を和らげるくらいのものです。難病指定を受けているので、治療には公費の補助が出ます」
 とまあ、こんな話であった。

 以来、年に二度ほど、ほぼ周期的に悪化の時期を迎える。一度悪化すると、 二、三ヶ月は続く。だから、一年の半分は腸に違和感を覚える暮らしをしていることになる。
 そういうとき、腸ははらわたそのものだと、つくづく実感させられる。体の中心なのだ。そこに鈍痛や違和感や出血があっては、とてもじゃないが人間は元気になれない。日に何度もトイレに行っては、下痢とともに便器が赤く染まるのを見る。気が滅入る。身体全体から力が抜ける。微熱が続く。
 とはいえ、見方を変えれば、一年の半分は元気だ。二十代半ばから続けていたジョギングを、潰瘍性大腸炎と診断されてからもずっと続けた。腸がどうしようもなくなれば休み、よくなるとまた始める。それをずっと長くくり返してきた。
 五十歳まで続けた。そしてついに、潰瘍性大腸炎の決定的激甚化を体験した。
 生まれて初めて入院した。だが当初は、入退院をくり返しながらも、だましだまし仕事を続けた。その挙げ句、とことん悪くなり、生死の境をさまよう状態で入院してからは、一年間休職することにした。トータルすると、激甚期間が二年間ほど続いたことになる。
 それを機にジョギングはやめた。ジョギングと合わせて、二十年あまり続けていたテニスもやめた。運動といえば散歩。散歩が最大の楽しみになった。
 そうは言っても、体調がよくなると、ついつい昔を思い出して走ってみたくなることもある。しかし、数日続けるともう腸に負担がかかってくるのがわかる。てきめんに悪化の兆しが現れる。それがわかってからは、もう決して走らないことにしている。

 早いもので、退職して二年になる。いまだに律儀に年に二度、そう春と秋だ、潰瘍性大腸炎が私のもとを訪れる。こちらは忘れているのに、向こうが忘れない。
 だけど、仕事に縛られない有難味で、悪化の兆しが見えれば、直ちに身体を休めることができる。そして主治医の指示で適切な処置をとることができる。
 その上、潰瘍性大腸炎とはもうすっかり顔なじみになっているから、彼の訪問を、玄関のベルが鳴るよりも早く、遠くの道を歩いてくる足音だけで素早く察知することができるようになった。これが大きい。だから、処置も早く、近頃では悪化がかつてのように二ヶ月も三ヶ月も続くことはない。せいぜい一ヶ月で治まる。二週間ほどのこともある。
 その分、元気で暮らしていられる期間が長い。人生が長くなったのと同義だ。
 今ちょうど、半月ほど前に訪れた悪化の兆しから立ち直りつつあるところ。なのに早くも気分は五月晴れのようにさわやかだ。

(2012.4.27)

→マイブログ・トップへ  →坊っちゃんだよりへ

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!

ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。

→ログインへ

なるほど(納得、参考になった、ヘー)
驚いた
面白い
ナイス
ガッツ(がんばれ!)
かわいい

気持玉数 : 0

この記事へのコメント

この記事へのトラックバック