死に向き合った日々

 全身性アミロイドーシスという、血液のガンの一種とされる不治の病を宣告されて2年あまり。この間、幸運に恵まれた一部の先例を見ては、長生きできるかもと楽観したり、ひっそりと亡くなっているはずの多くの患者のことを思っては悲観したりと、気持ちの揺れは日々激しい。

 だが、近ごろ、生と死に関して達観できる境地になってきた。いま私は70歳を迎えたばかり。若い人から見れば十分な老人だが、真の老人から見ればまだまだ若い。中途半端な団塊の世代だ。

 世の中には私の年齢にも達しないで亡くなった人のなんと多いことか。信長は49歳、秀吉は62歳、家康はやや長生きして75歳だが、福沢諭吉は66歳、西郷隆盛は49歳、伊藤博文は68歳、リンカーンは56歳、正岡子規は35歳、夏目漱石は49歳、芥川龍之介は35歳、太宰治は38歳、寺山修司は47歳、坂本九は43歳。最近では西城秀樹の63歳。

 そんな偉人ばかりを列挙して、私のような凡人中の凡人といったい何の関係があるのかと、まあそんなつれないことは言わないことにして、要は、いつ死んでも悔いのない覚悟がようやくできたということなのだ。

 偉人であろうが、凡人であろうが、いつかは死ぬとわかったわけだ。永遠に生きる人などいはしない。どこかで必ず死という究極点を迎えるのだ。恐れる必要などさらさらない。誰もが通った道なのだ。

 卑弥呼が今の時代まで生きていたとしたら、それこそ地獄だ。彼女も死んだのだ。それが人生なのだ。

 この歳になって、それが厳然と見えてきた。わが覚悟として受け入れられる気分になってきた。死を受け入れる。なんとつらいことだ。だが、もしそのときが明日来ても、今の私なら受け入れられるだろう。

 若いころには自分の死が見えなかった。未来は永遠に続く道でしかありえなかった。10年後、20年後、30年後、そんな言葉を平気で使っていた。それははるかに遠い未来、そして永遠にありつづける未来であった。人生に滝つぼが待ち受けている現実など、想像することもできなかった。

 50歳で潰瘍性大腸炎と敗血症の合併症に苦しめられて死の淵に立たされた私だが、なんとか回復した日の日記を読んでみても、人生ようやく半ばを迎えたとの気楽な感想があるのみだ。百まで生きる道の折り返し点にすぎないと、先はまだまだ茫漠としていた。

 不治の病に冒されて、一年後、二年後の「生」がはたしてあるかという土壇場に立たされた今、生きている喜びが今ほど楽しく充実していることは、いまだかつてなかった気がする。

 どれだけの日数が残されているか知れない人生で、やるべきこと、やりたいことを悔いなくやり終えておこうという強い意欲と喜びが、かつてない勢いで湧き上がっている。

 私にとって、人生の楽しみは、文章を書くこと、絵を描くこと、本を読むこと、散歩をすること、そしてそれらを通して、自然と人生をしみじみと味わうこと。そんなところか。

 残された時間がロウソクの火のように刻一刻と短くなっているのを実感する今、楽しみは文章を書くことにもっぱら集中したくなっている。

 いま熱心に書いているのは、父と母の青春記とも呼びうるものだ。15年前、91歳と86歳で死んだ父と母だが、彼らの青年時代、つまり戦争さなかの青年時代を、なんとか子供の私の手で書き残しておきたい。そんな気持ちになっているのだ。

 戦後生まれの私には、戦前、戦中を生きた彼らの生の姿を見ることはできない。それだけに苦しい仕事ではある。だが、集められるかぎりの資料を集め、遠い昔、彼らから聞かされた話を精いっぱい思い起こし、フィクションではない実在物として、彼らの青春時代を語ってみたいと思っている。

 それがいま一番の楽しみである。

 それが終われば、というより、ほとんど同時進行で、自分のことも書いている。こちらは過去の日記と「坊っちゃんだより」をたたき台にした自分の体験だから、はるかに書きやすいし、楽な仕事だ。

 どちらもとりあえずまとまれば、本として出版したいと考えている。はたしてそこまでこぎつけられるかどうか。まあ、人生の夢、かなわぬ夢というやつだ。

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 先日、車で30分ばかりの白糸の滝まで行ってきた。120年あまり前、28歳の漱石が、当時はまだ平井駅までしかついていなかった汽車に乗り、あとはてくてくと、途中一泊して登った滝だ。恥ずかしながら、私は登ったことがなかった。28歳の漱石なら楽な山でも、70歳の私と妻にはなかなかきつい山道だった。久しぶりに森林浴を楽しんだ。途中にみごとな菖蒲園もあった。

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