文化の創造? それとも破壊?

昨日の朝だ。玄関を出ると激しい熱射。息を呑む照り返し。空は夏色。白雲が浮かぶ。クマゼミがグワングワンと大合唱。


おっ、梅雨明けだ! すぐさまネットで確かめる。案の定、気象庁も四国を含む西日本一帯に梅雨明けを宣言していた。そりゃそうだ、前日までの空が一転したのは誰の目にも明らかだから。


松山では16日、フェイントのように空が晴れ上がり、翌日にはまた梅雨空に戻った。それからは、いつかいつかと思わせぶりのじらし作戦。ついに昨日、お天道様も観念したらしい。我慢しきれず夏空を見せた。


ビリッとページがめくられると、そこは早くも本物の夏。真夏のスタートラインに立ったこの瞬間、私はいつも、わくわくぞくぞく心が騒ぐ。この歳になっても、なおそうだ。だが、今年の夏は少々不安。試練が待っている。


目の手術だ。左と右、両方。医師の技術を信じるのみだが、万が一の事態を思うと心配は尽きない。


◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

参院選が終わった。愛媛で野党統一候補が圧勝したのは痛快だった。保守王国と言われて久しいこの愛媛で、これは画期的な出来事、いや事件だった。


改憲勢力が参議院できわどく3分の2を切った。これも私に最低限の安堵をもたらしてくれた。最低限というのは、差はわずかであること、国民民主の一部には改憲に同調するメンバーがいること、N国という得体のしれないハチャメチャ政党も改憲派だということ。日本の前途はまだまだ暗いトンネルの中か、それともかすかな明かりが見えつつあるのか。


◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

私が今の地に引っ越してきた35年前、あたりは見渡すかぎりミカン畑と水田だった。犬を連れて細い畦道を歩いては、水を低きから高きに導くいにしえ人の工夫の跡に感嘆したり、何百年もの昔から農夫が腰をかけて一休みしてきたであろう、尻のあたりがすり減った腰かけ石に坐ってみたり、遠い昔、水害を恐れて水の神を祀ったと思える、人の背丈ほどの小山を仰いだり、小山の上の風化しきった石碑の碑文に目をこらしたりと、私は田園地帯の散歩をこの上なく楽しんできた。


ところがその後、広々とした水田地帯に大規模開発の手が入り、今や一帯は、昔の面影を探すことさえ困難な住宅街になり変わった。広大なショッピングモールもできたし、四国の中核をなすガンセンター病院もできた。


便利と言えば便利になった。だが、水の神を祀った小山はブルドーザーに押しつぶされて、ガンセンター病院の底にはかなく沈んでしまった。腰かけ石も瓦礫と一緒に捨て去られ、今、そこは病院職員住宅の駐車場だ。


はたしてこれは文化の創造? それとも破壊?




ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!

ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。

→ログインへ

なるほど(納得、参考になった、ヘー)
驚いた
面白い
ナイス
ガッツ(がんばれ!)
かわいい

気持玉数 : 0

この記事へのコメント