遅ればせながらの彼岸花、都会にしばられた田舎暮らし

今年は暑い日が長かったため、彼岸花がようやく昨日あたりから畦道を染めるようになってきた。2,3日前までは、まだ茎ばかりがぐんぐん伸びて、その先に固い蕾がついているだけだった。そしてところどころ、10本ばかりの群生が見られる程度だった。それがようやく、畦道一帯を染めるようになってきた。気づいたのは昨日の散歩のときだった。

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日記を調べるてみると、早い年は9月12日頃から咲き始めている。だが、たいていは彼岸花の名の通り、9月22日前後に咲くのである。そして遅い年でも、今年のように9月28日か29日には咲く。

それにしても、彼岸花とよく名づけたものだ。みごとに秋の彼岸に咲く。たいていの年はね……。

咲き始めるきっかけは、気温の変化と湿度、さらには日照時間などだろうか。中でも気温がメインだと、咲きはじめのばらつきから私は確信する。

気温のわずかな変化が「さて咲こうか」と重い腰を上げるきっかけになるという、微妙で精巧な季節感覚が彼岸花に備わっているのが、不思議でならない。

思えば、彼岸花に限った話ではない。もうそろそろ金木犀が咲き始める時期だ。金木犀の季節感の精妙さにも、毎年のように驚かされる。ソメイヨシノだってそうだ。暖冬の年は数日狂ったりはするものの、精巧な日にち時計のように、彼らは咲く日を敏感に感じとっている。よくできている。

母が死んだのは2003年9月9日だった。早いもので17年経つ。八坂寺のお墓の中に、父に寄り添うようにして納骨したのがお彼岸のころだった。八坂寺では赤い彼岸花よりも白の彼岸花が満開だった。母を見送ってくれるのには赤よりも白の方が情に富んでいて、いいなと思ったのが、まるで昨日にことにように思い出される。

八坂寺からは松山平野が一望でき、中でも父の実家のあたりとか、母の実家のあたりとかが、手に取るように見渡せるのがいい。

いつまでも暑い暑いと思っているうちに、いつしか季節は、秋の盛りを迎えようとしている。そのうち、金木犀と先を争って、コスモスが咲き始めるだろう。季節は人間が忘れていても、着実にそのときを迎えるものだ。都会住まいではなかなか気づかないでしょうが。

私の家は、見かけは町中だが、2,300メートル行けばもう田園が広がっている。恵まれた町である。季節感を日々味わいながら生活できるのは、都会とはひと味違った田舎のよさだ。

リモートワークが定着するにつれ、都会から田舎に移り住む人が増えつつあると聞く。田舎の古民家を安く買いとり、一階に自分たちが住み、二階を民宿にしようと考えている人のドキュメンタリーを昨日見た気がする。

まあそれも悪くはないのだが、純粋に自分自身が田舎を味わうと言うよりも、都会近郊の地の利を生かした副業として、準都会風に生きようとする発想が、私には少々気になった。リモートワーク自体が、都会の会社にまるで犬のように首輪をつけられた暮らしなのだから、顔が純粋に田舎に向かず、田舎暮らしと見せかけて、実は都会を向いているのは、ある意味しかたのないことかもしれない。

人の暮らしぶりはさまざまなのだ。これが多様性ということだ。私などがとやかくいうことではない。




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