松山で初雪。コロナ急拡大。謙虚に「自然」にへりくだろう。

今朝、松山で初雪が降った。強風にあおられながら舞い落ち、舞い上がる雪。斜めに鋭く落ちてくる雪。雪国の雪から見ればおもちゃみたいな雪ではあるが、久し振りに見た雪に心昂ぶる。
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寒さもまた寒い。芯から凍える。一応温暖と言われている瀬戸内の松山に住んでいると、寒さに対する抵抗力はゆるんでしまう。今日のような日は散歩にも出ず、家で暖房をつけて縮こまっている。

それにしても純白の雪の何という美しさ。激しく顔に打ちつける雪が、はるかに遠い国から何かをもたらす使節団に見えてしまう。鎖国の江戸にやって来たオランダ使節か、京の都にやって来たポルトガル使節か。何かそんなものを町角で眺めている当時の庶民になった気分だ。

それはそうと、コロナの急拡大は何を物語っているのだろう。愛媛でも今日は過去一番の感染者数とのこと。東京はあっという間に2000人を超えた。大爆発だ。

寒さだけではない。コロナがこわくて散歩に出られないのだ。私のように持病をいくつも抱えて抵抗力の弱っている老人には、コロナはぶすっと突き刺さる鋭い槍だ。刺されたらもう抵抗のしようもなく命を奪われるしかない。

それにワクチンもなかなか気軽には打つことができない。インフルエンザワクチンでさえ、主治医の先生から打たないようにと釘を刺されている。抗がん剤で生きている私は、白血球も赤血球も数が足りない。抵抗力が無いのだ。ワクチンは軽く感染させることを意味する。その軽い感染にさえ耐えられないかもしれないというのだ。

ひたすら人との接触を断ち、逼塞しておくしかない。今のような感染大爆発の時には特に……。

ようやく政府は重い腰を上げ、一都三県に緊急事態宣言を発出することになった。だけど一都三県だけの話ではない。飲食店だけの話でもない。今やあらゆるところにコロナは蔓延している。どこから感染するかしれたものではない。

とにかく全国民が一定期間逼塞生活に入らないといけないだろう。徹底してコロナの芽を摘まないことには、中途半端な段階で経済に横目を使って規制を緩和すれば、またふたたび大爆発するのは目に見えている。大あわてでまた少々の締めつけをし、また緩和する。こんなことの繰り返しになりかねない。そのうちずるずると慢性コロナ症の国になってしまう。今の政府の腹の据わらないやり方を見ていると、そういう気がしてならない。

特に1,2,3月の寒くて乾燥した時期には、大爆発は必然だろう。緊急事態宣言を2月7日まで、つまり一ヶ月間だけで尻尾を切るなど、人間の都合で「コロナ君ちょっと居眠りしておいて」と言っているようなもの。それは土台無理な話だ。一ヶ月で尻尾を切れば、人の心理は、特に若者の心理は、「終わればまた町に出てうっぷんを晴らそう」となるに決まっている。

コロナという自然現象を、人のご都合主義で自在に操れると思ってはいけないのだ。それは人の傲慢だ。人は弱い、自然は強い。それを今や人類は認めないといけないときだ。

文明の発達とともに、人類は自然を制覇してきた。掌の上に自然を載せたと思いこんできた。思い通りに操れると信じこんできた。だがそれが妄想だったと、今、人は知らないといけない。謙虚に自然の前にへりくだらないといけない。コロナはそれをわれわれに思い知らせてくれている。

とにかく戦うなら徹底して戦わないと。ちょっと刀を抜いてチャンチャンバラバラをやってみては、相手が少し後退すると、もう刀を収めて「さあ経済だ、さあGO TOだ、さあオリンピックだ」と、自己都合の目的だけで戦っていると、またもやふたたび大反撃を食らうことになるだろう。そうならないためにも、戦うなら徹底して戦うことだ。

そうすると生活に困窮する人たちが当然出てくる。その人たちのためにこそ、政府はあらゆる手を尽くして支援すべきだ。しっかり財を蓄えている人たちのためにさらなる支援をする必要はない。蓄えている人たちからは吐き出させるくらいの施策をとらないといけないはずだ。

(2021年1月7日)


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