久しぶりにジョギング。人工透析に近づく日々。

あと半月で73歳だ。十分な老人である。しかも難病指定を受けている持病が2つもある老人である。

一つ目の難病は潰瘍性大腸炎。これは病名を告げられてからジャスト37年になる。ときおり死を覚悟するほどひどい症状を呈することがあるものの、それだけでは死にいたる病気ではないらしい。恐いのは、大腸ガンに変異したり、他の病気(敗血症など)と合併症状を起こしたりすることである。

実際私は、50歳のとき、敗血症との合併症状で死の淵をさまよう危険な状態に陥った。1年間は丸々休職し、残る1年もその半分ほどは休んでしまった。人生の大きな転機となった出来事だった。

もう一つの難病は全身性アミロイドーシス。これは5年ほど前に発病し、そうと診断された。血液のガンの一種であって、それ自体、死に直結するこわい病気だ。「平均余命は2年」などというデータを、病名を告げられた日に冷徹にも主治医から示された。ネットにもたくさん載っている。「2年」の危機は最新の医療技術によって乗り越えたようだが、いつ滝つぼに落ちるかしれない恐さは常に抱えたままだ。

そんな身に加えて、世の中はいまコロナ禍の最中。私のような持病を抱えた者がコロナにかかったらイチコロである。用心、用心! しかし、そうはいっても家に閉じ籠もってばかりでは精神的に参ってしまうので、日中は机に向かって読書や仕事に励んだあと、夕方、暗くならないうちに必ず周辺の田舎道を散歩することにしている。

今日もいつものように50分ばかり散歩した。しかも、珍しく身体の芯が要求したようで、わずかではあるが、途中ジョギングまでした。実は、50歳までの四半世紀、私は毎日ジョギングに明け暮れていたのだった。潰瘍性大腸炎の症状が現れると1,2ヶ月は走ることをやめる。そんな時期が年に1度か2度はあったものの、それ以外は毎日取り憑かれたようにさまざまなコースを走ったものだ。

退職した今は、精神的重荷から解放されたのか、潰瘍性大腸炎からも解放された。少なくともここ6,7年、ひどい症状に苦しむことはなくなった。だからいつでも走れるといえば走れるのだが、もう一つの難病を抱えてしまった身では、そうもいかない。

今日はそれを振り切って、走ってみた。といっても距離はせいぜい1キロ弱。散歩の途中の寄り道のような走りである。久しぶりのことでゼーゼー言ってしまったが、気分はさわやかだった。

さらに家に帰り着いてからは、いつものことだが、玄関先でスクワットを30回、左右のかかと上げをそれぞれ30回。さらにさまざまな屈伸運動。これらは全身性アミロイドーシスで何度も入院したとき、リハビリで教えられたものだ。やっていると、自分が老人ということをすっかり忘れてしまう。少なくとも10歳くらいは若返った気分になっている。

問題はもう一つあって、全身性アミロイドーシスに誘引された腎臓病を患っているのだ。全身性アミロイドーシスによってまずやられる臓器が腎臓らしいのだ。慢性腎臓病のステージ4に達している。最悪ステージの一歩手前だ。今はこれが一番の問題である。クレアチニン値が徐々に上がっていて、腎臓の主治医が言われるには、これは決して元には戻らないらしい。進行する一方なのだ。食べ物や運動によって進行速度を遅らせることはできるが、元に戻すことはできないという。

そしていつの日か、人工透析に入る。必然の道なのだ。人工透析は週に3回、1回あたり4時間というやっかいな処置だ。もちろん透析中、読書くらいはできるだろうから、まったくの時間の浪費とまでは行かないが、読書する元気が透析と並行して存在しているかどうかはあやしいものだ。

私よりも年上の人(牧師)で、もう20年も人工透析を続けながら、今なお元気に仕事をしている人もいるので、透析がただちに命の危機を意味するわけではないようだ。それを思うと多少はほっとする。それにしても、いよいよ身体のあちこちにガタが出はじめているということだ。親にもらったこの身体が壊れかけている。長い目で見れば、一歩ずつ着実に死に近づいている。

ああ、なんと悲しい現実だろう。

(2021年2月2日)



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