なんたるこっちゃ

今日の散歩はいつもより長めだった。70分ほど……。

まあそんなことはよい。だが途中、「なんたるこっちゃ」と叫びたくなる出来事が起こってしまった。山道を歩いているとき、古い石垣の上に白梅を見つけたのだった。その石垣、今はもう遺跡としか呼べないものに変質しているが、かつてそこに、私の遠い親戚の家が建っていた。子供のころ、父に連れられて二度か三度、訪れた記憶がある。

まあそれもよい。問題はその次だ。白梅の匂いをかごうと石垣に登った。登ると言ってもせいぜい50センチほど。一足で上がれる。そして花びらに鼻をくっつけた。かすかにいい香りがした。世話をする人のいない梅だから、香りはかすか。しかもその香り、ぎざぎざしている。

ぎざぎざとは妙な言い方だが、そうとしか言いようのない、どこか突き刺さってくるような香りだった。たっぷりと愛情を受けて育った梅ならば、ほんのりやわらかく香ってくる。愛情を受けず、捨てられたように咲いている梅だから、自然、人を寄せつけないトゲトゲした香りになるのである。

まあしかし、それもよい。問題はさらにその次だ。私はひょいと石垣から飛び下りた。何ということもなく飛び下りた。さらに散歩を続けようと……。

高さはわずか50センチほど。頭の中のイメージでは、左足で着地して、その勢いで右足も着地。そしてあとはすたすたと歩き出せばよい。左足をピンと伸ばして着地すると、その衝撃も大きいだろうし、次の動作に移れない。やや膝を曲げて着地するのが自然の道理。そうすれば次の右足もスムーズに動く。

とまあ、細かく言えばそういうことになるのだが、一瞬のことだから、こんな動作をいちいち確認して飛び下りたわけではない。長い人生の中でいつも当たり前にやってきたことを当たり前にやっただけのことであった。

ところがだ、やや膝を曲げて左足を着地したとき、なんとなんと、左足がそのまま崩れ落ちてしまったのである。イメージでは、左膝のバネで踏んばって、次の右足を受け止めることになっていた。その踏んばりがまるできかなかった。なんとも妙な具合に崩れ落ちたのだった。右足はだから、思い通りの着地ができず、脛を地面に打ちつけてしまった。

こんな情けない体験は人生73年の中で初めてのこと。そうか、こんなにも足の筋肉が弱っていたのか。わずか50センチからの落下に耐えられないほど左足のバネが衰えていたのか。

大ショックだった。歩くだけなら元気そのもの。少々の上り坂でもすたすた歩いて、息切れなんて感じもしない。スクワットやかかと上げも、入院中のリハビリで教えられた通り、毎日続けている。しかしそれらはどれも柔らかな運動だ。瞬間加速度の小さい運動だ。対して、50センチから飛び下りた衝撃は、ずしんとくるきつい運動。瞬間加速度はかなり大きい。それを膝を曲げて受け止める力が左足になかったわけだ。

ショックというより、驚いた。あきれてしまった。これが老化なのか、うんうんそうか。そんな歳になってしまったのか。

(2021年2月4日)




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