呑気なオプティミスト

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(金柑の木)

若いころには体調の好/不調と言っても、今にして思えば10か8かという程度だった。今日はジョギングのタイムがいつもより伸びたなとか、ちょっとへたばったなとかいう程度。あるいは、テニスで強敵に勝ったぞとか、いつも勝っている相手に追い込まれたなとか。

今から見れば、いつだって好調だった。毎日走ったり、テニスをしたり、勤め帰りにプールに寄って泳いだり。それでちっとも疲れないし、体のどこかに異常を感じるわけでもなかった。
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(緋モクレン)

ところが70歳をすぎた今、好調とは1時間程度の散歩ができ、その結果、肺や心臓に違和感を覚えることがなく、帰ってからぐたっと居眠りしてしまったりしないこと。不調とは、疲労感にさいなまれて散歩する気にもなれず、昼食のあと1,2時間うとうとしてしまうこと。だから好/不調と言うのは、昔の感覚で言えば、4か2かというところだ。
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(風鈴草?)

情けないけど、その情けなさがなかなか実感できないところが、また情けない。好調なときには、昔のように好調だと錯覚している。そこに真の情けなさがある。

昔を思いだしてちょっと走ってみたりする。だけど、昔なら助走にすぎなかった距離で、早くもへばってしまう。だのに、「走れたぞ」、その感覚だけで、昔の若さを取りもどした気になったりしている。

不調なときは、昔の感覚ならもう完全に病気の部類だ。仕事を休んで寝込んでしまう。そんな感覚。それが今の不調だ。昔はそれでも立ち直れる明日があった。未来があった。今はそれがない。ずるずると泥沼に引きこまれる感じ。

ああ、なんという情けなさ。
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川を小舟で流されている。その感覚は昔も今も変わりがない。だけど、若いころには、川の先に滝つぼが控えているなんて想像もしたことがなかった。未来はどこまでも続く無限の旅路だった。途中、さまざまな光景を楽しみながらのんびり川の旅を楽しんでいた。

滝つぼを想像することも、実を言うとないわけではなかった。ナイヤガラを樽に入って落ちる冒険をした人の話を読んだことがあり、自分も一度やってみたいな、などと考えたことがあったのだ。しかし、これは落ちた衝撃が「痛い」だろうなとか、頭から落ちたら衝撃だけで死んでしまいそうだなとか、もしかして落ちた拍子に樽が割れでもしたら命にかかわるなとか考えて、結局あきらめた。

若いころの滝つぼなんてそんなものだった。人生が真に行き着く先の滝つぼではありえなかった。
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(ユキヤナギ)

ぼくが滝つぼの存在を心から思ったのは、5年前、全身性アミロイドーシスと診断され、平均余命2年と宣告されたその日だった。迫りくる人生の滝つぼを、泣きながら、いや震えながら想像した。今はまだ見えてはいないが、川が一つ屈曲すれば、もうそこには滝つぼが控えている。そう思うと、泣けて泣けてたまらなかった。

3年先の世界をぼくはもう見ることができないのか。3年先の計画なんてぼくにはもう意味のない話なのか。確実にその世界にぼくはいないのか。それを思ったときのこわさ、絶望感は、とてもじゃないが堪えられるものではなかった。

幸いなことに、「造血幹細胞の自家移植」が成功したのと、その後の抗がん剤がよく効いてくれたのとで、2,3年のはずが、すでに5年生きて、まだピンピンしている。

造血幹細胞の自家移植というのは、自分の血液細胞を強力な抗がん剤の大量投与によっていったん全部殺してしまい、そのあとに、前もって取りだしておいた造血幹細胞(何にでも化けることのできる細胞)を注入して、血液を新しく作り直す、そういう処置だ。あまりにも強い処置だから実施できる年齢が70歳までと定められている。かろうじてそのときぼくは69歳だった。

こうなれば、生きているというより、生かされている。生かしてもらっているとしか言いようがない。血液に関する種々の検査データは、今では健康体の標準値にほとんど近づいている。ありがたいことだ。

それでも、体調は年々どころか、日々着実に低下しているのであろう。けれども、それを低下と感じることもなく、元気だと錯覚しながら生きている。幸せ者だ。

しかも、過去5年間、なんとかやりくりしながら生きつないできたことを思うと、その5年がさらに今後の5年につながるのではないか。たぶんつながるだろう。それで10年生きられれば、その調子でさらに次の10年を生きられるかもしれない。つまり20年は大丈夫。

そんな呑気なオプティミストであり続けている今のぼくなのだ。

実際、今はまだ死ぬわけにはいかない。やりたいこと、やりつつある仕事が山のようにあるのだから。残念なことに、それは未来のための仕事ではない。過去を取りまとめる仕事である。自分しか知る者のない自分の過去の人生を、はたして読んでくれる人がいるかどうかは別として、何冊かの本としてまとめ、生きた証しとして残しておく。そういう仕事だ。

それが今は一番の生きがいとなっている。そんなに早く滝つぼがやってきては困るのだ。せめてあと5年、可能ならばあと10年、さらに可能ならばあと20年、滝つぼが現れてはいけないのだ。

父が死んだのは、あと3週間で満91歳になるという、90歳の最終コーナーだった。せめてそこまでは生きたいものだ。とすればあと18年か。なんとか生きられそうな自信と予感が湧いている。

しかも父は、死の直前まで現役で働き通した。今のぼくは、見かけは退職した年金生活者だ。だけど心の内では、つまり自分が自分に課した仕事としては、まさに今が働き盛り。その意味での現役をせめてあと18年続けたいものだ。

最後は神様に祈るしかない。やり終えるまではお迎えに来ないでくださいと。

(2021年3月18日)




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