カリン哀歌。隠れコロナウイルス感染者

数日来のあたたかさで、庭のカリンが花をつけはじめた。ぼくにとって、春は桜よりもカリンと共にやって来る。

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いつもなら3月下旬に葉っぱが芽を吹き、それに続いて4月初旬に花が咲く。ところが今年は異様なあたたかさに動転したのか、10日ばかりも早く、あわてて春の準備を始めたようだ。葉っぱの出初めは3月中旬、そして花は2,3日前だったから3月27日くらいか。少なくとも1週間はずれている。几帳面この上ないカリンにしては珍しい現象と言える。

このカリン、ぼくが教師になりたての年、お祝いにと同僚の先輩教師から贈られたもの。あれからもう47年だ。最初は膝ほどの高さの、細くて小さな実生のカリンだった。必ず2本をペアにして植えておくんだよと教えられ、いただいたのも2本だった。植えた最初の家は松山市の南の郊外、砥部というところ。労住協が開発した真新しい一戸建ての大きな団地が、何十倍もの倍率をくぐり抜けて、わずか一度のチャレンジで当たってしまったのだった。

そこに10年住み、どうやらそれが買った時の2倍くらいで売れると知って、今度は松山市の東のはずれ、南梅本というところに家を建てたのだった。それが今の家だ。庭の塀や植木類は全部そのまま残して行ってほしいと言われたのだが、カリンだけは特別に愛着があるからと、引っ越す際、引き抜いて植えかえることを許してもらった。

小さかったそのカリンが、今は放っておくと2階の屋根に届くまでに大きくなり、幹も指先ほどの細さだったものが、今は直径10から15センチくらいの何本もの幹に分岐している。根もとは2本なのに、見かけは10本ほどにも錯覚してしまう。

わが家の玄関先の象徴となって時すでに久しい。年とともに年輪をくわえ、しかも美しさをいつまでも若々しく保つ植物の秘めた力に、春になるたび感動するぼくである。人間はこうはいかない。この47年間にぼくはずいぶんじじいになった。

カリンを下さった先生は、9年半前、ぼくが退職した年の秋、亡くなった。物理の輪講を長く一緒にやり、ずいぶん多くのことを教わった。二人とも碁が好きで、奉職中は学校で、退職後は互いの家に行き来して、よく碁を打ったものだ。

カリンには先生の魂が宿っている。今もぼくはそう思っている。

我が家の庭には、名前はよく知らないが様々な花が植わっていて、どれも今が盛りと咲き匂っている。

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塀のそばのウバメガシも、去年の古い葉っぱの隙間から新芽がぐんぐん伸びてきた。

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植物の新生の力は、動物にはないすさまじいものである。

それはそうと、コロナウイルスの影響で、ぼくの住む四国の地方都市の郊外でさえ、道路から人の姿が忽然と消えた。散歩をしていても、今までなら次々と何人にもすれ違って、「こんにちは」と互いに声をかけ合っていたものが、今は森閑として、なんだか死の町をさまよっているよう。おとといなど、4キロばかり歩く中で、すれ違った人はたったの3人だった。散歩コースは畑中の道ばかりではない。4キロのうちの半分は、まあ一応、住宅地と言え、コンビニやドラッグストアがあり、駅があり、公民館があり、四国のセンターとなっている大きなガン専門病院があり、中小の個人医院は数かぎりなくあり、病院に隣接する薬局も、指折り数えただけでも4軒はある。少し行けば、大型ショッピングモールさえある。

ぼくが引っ越してきた30数年前はたしかに田畑に囲まれた田舎だった。だけど今はもうすっかり郊外のベッドタウンだ(もちろんベッドタウン自体が広大な田園にかこまれているのだが)。日曜日だったから、病院と薬局は閉まっているとは言っても、ベッドタウンが死の町のように静閑としているのは驚きだった。愕然とした。

ぼくは今でも疑っている。ぼくが住むような地方の田舎町はまあ別として、東京や大阪のような、人の密集地で、しかも彼らが自在に移動する大都市圏では、コロナウイルスは思った以上に大規模蔓延しているのではないかと。隠れキリシタンならぬ、隠れ感染者が、発表される数値の何十倍もいるのではないかと。氷山の一角を検査しているだけではないのかと。特に若者は感染しても気づかないケースが多いから、平気で町をぶらついて、ウイルスを振りまいているのではないのかと。

今後一気に指数関数的に(ねずみ算式に)感染者が増加するのは、諸外国のように検査の抑制をゆるめさえすれば、自明のこととして現出してくるのではないのだろうか。これは感染者が増えることによるというよりは、現にそこにいる感染者をあぶり出すことで増えるのである。

それにしては死者数が日本では少ないという人もいるだろう。これも同じ原理だ。生前も死後もウイルス検査をされないままの死亡者が数多くいるのではないかとぼくは思っている。




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