ほっと安堵。首相から甘く見られているわれら国民。

先日、2月4日の「なんたるこっちゃ」に、わずか50センチの高さから飛び下りて左足から崩れ落ちてしまったことを書いたが、その真相がわかってきた。

要は目測違いであった。今日、同じ石垣で同じように飛び下りてみた。なんということはない。ちゃんと左足一本で着地でき、しかも左膝をやや曲げたバネの力で右足を受け止め、すたすたと歩き始めることができたのである。

先日はあまりにひどい老化現象に我ながらあきれ返ってしまったが、まあそれほどでもないと知って一安心。ほっと安堵だ。

目測違いという意味は、たとえばわずか3,4センチの段差や穴が道にあったとしても、そこにそれがあると気づかないまま歩いてしまって、いきなりすとんとその段差(穴)に足が落ち込んだとしよう。すると、たいていの人はアレレレッと、足が一瞬崩れ落ちそうになる。うっかりすると体ごと倒れこんでしまうこともあるだろう。あれだ。

先日の場合、わずか50センチほどの石垣だったにもかかわらず、飛び下りたとき、一瞬ここで着地すると思いこんだ位置に地面がなかったわけである。たぶん5センチにも満たない目測違いであったと思うが、そのため左足は力をこめるタイミングを微妙に逸して空振り状態になってしまった。残る数センチを落ちる間、左足はまさに暖簾に腕押し状態。力の入れようがなく、落ちるやいなやくずおれてしまった。

真相はそういうことだった。

話は変わるが、森氏の女性蔑視発言といい、菅首相の長男が勤める会社と総務省幹部の関係といい、さらにはそれらを問題視しない菅首相の発言といい、今の政権は安倍政権とまったく同じ体質をもっていると言わざるをえない。仲間内を重用し、そこに問題が生じれば、あからさまな詭弁を弄してまで仲間を擁護する点がまったく同じなのだ。

「森氏を辞任させる権限は首相にはない」とか「息子と自分とは別人格」など、一見もっともらしい理由を挙げてはいるが、これは無理筋の論理であろう。仲間内を擁護するため無理に考えだされた「無理が通れば道理が引っ込む」の論理にすぎない。

なぜなら、それらの言葉からは菅首相自身がそれについてどう考えているのか、ちっとも見えてこないからだ。論理がスカスカなのだ。肝要点にオブラートをかぶせて国民を煙に巻く。質問の的を外した答弁しかしない。国民を苛立たせる。これは安倍前首相の得意技だった。それを菅首相も踏襲しているのである。

それで政権の危機は乗り越えていけると踏んでいるのだ。だましだましやっているうちに、国民はそのうちすっかり忘れてくれるだろう、そう考えている。甘く見られたものだ、われわれ国民は。

(2021年2月9日)

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