人の死のこと

 何日もうっとうしい雨が続く。  つい先日,幼いころからの友人の死に遭遇し,死について少々考えさせられたかと思ったら,1週間もたたぬ間に,また一人の死に直面した。  教会の仲間だった。11歳年上の75歳。  目立たぬが,本の好きな物静かな人で,ぼくのあこがれのお兄さんだった。  二週間前,あるグループの会合で一緒になり,隣の席で…
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今年六十のおじいさん

 昨日,同期の友人の葬式に参列した。  64歳,若すぎる。まだまだ人生の後半戦が始まったばかりではないか。  ぼくはと言えば,第二の人生のスタート地点に立った喜びとわくわく感をかみしめている最中なのに。  早すぎるよ,あまりにも。  彼は小学生時代からのなじみの友だった。ぼくの兄と彼の兄も同期で,ぼくらとは七つ違う。  兄…
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ラストエンペラー

 愛媛県美術館で行われている故宮博物館展を見た。  美術館友の会の会員証を見せると無料になったのが、まず驚きだった。多少は割引してくれるかな、というくらいの気持ちで見せたのに。  次に驚いたのは、人の多さ。公衆浴場の混雑ぶりを「芋を洗うような」とよく言うが、その言葉がぴったりなまでに、フロアに人があふれていた。  行列がいっこうに…
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したいことの方がすべきことより大事

昨日、"The Human Comedy" のことを書いた。 「日本的と言ってもよいしっとりとした情緒で人生を描いている」と書いた。 まだ読み切っているわけではないが、随所にそれは感じられる。 今日読んだ箇所から少し引用してみよう。 高校生のHomerが、夜はアルバイトで電報局の配達員をしている。妹が、夜食用にと母親が作った…
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一仕事終えて

 ああ、ずいぶん長く更新していなかったものだ。  忙しかったものな、この間。  今日、とりあえず種々の仕事に段落をつけた。  メインの仕事は本を出すことだった。それも、これまで20年以上にわたって数えきれず書いてきた数学の本ではなく、いわば文芸書。  初めて自費出版という形で本を作ることにした。  つい先日、ようやく原稿がぼく…
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連動する落ち葉の不思議

葉っぱがまばらになりかけた今日のカリン  落ち葉が散る様子を見ていて不思議でならないことがあります。  一枚の葉っぱが落ちると、それに連動して次々に葉っぱが落ちていくのです。植物の場合、組織と組織の間に動物の神経系統や血流のような密接な相互連結の仕組みがあるとは思えないにもかかわらず、葉っぱは勝手に落ちるというよりも、連動し…
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日本の秋・人生の秋

 先日、運転しながらラジオを聞いていると、秋のイメージは、日本では明るさ、さわやかさだが、ヨーロッパでは暗さ、陰鬱さだと言っていた。  たしかに日本の秋は、色づいたモミジやイチョウやサクラに代表され、いろどり豊かで明るい。静かな秋の日を浴びてちかちかしているイメージもある。  それに加えて、松山に住む私の感覚では、秋はやはり、たわわ…
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犬ならざる犬

 ピー、15歳半。おととい死んだ。天寿全うだ。柴犬っぽいメスの雑種だった。  夏以降、みるみる体力が弱り、こちらがしびれを切らすほどゆっくりにしか歩けなくなり、そのうち歩くことすらできなくなり、寝たきりになり、流動食となり、ついには水も飲めなくなり、「ウォン、ウォン」と苦しげに鳴いて訴えることもできなくなり、昏睡状態となり、最後は眠っ…
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キンモクセイの二度咲き・狂い咲き

四、五日前、庭のキンモクセイが色あせ、散ってしまい、あれだけ庭に充満していた甘い香りがどこかに去ってしまった。 秋を嗅覚で楽しませてくれるあの香りが消えると、突如空虚な気分におそわれる。 祭りの後の寂しさに似て。 しかし、そのときぼくはかすかな期待をもった。ひょっとしたらもう一度狂い咲きするのではと。 キンモクセイは散ったと…
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クマゼミの秘密 ──退職者の特権──

 退職して一年半。散歩しているとホントにいろんな人と出会い、すれ違う。  よほどでなければ立ち話はしない。「あっ、いつも会う人が来るな」。向こうから歩いてくる姿を、見るともなく視界に入れるだけ。そして、すれ違うだけ。小さく会釈して。  あるいは、反対側の歩道を、互いを視野の隅で確認しながらしばらく同じ向きに歩くだけ。  それだけの…
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柿色の秋。風に揺れるコスモス。育ちゆくミカン。

 コスモスが盛り。秋の風に揺れている。  彼岸花はもうすっかり色あせ、みすぼらしい姿。  先日まで芳香を放っていた庭のキンモクセイは、もう匂わない。花びらが力なく老いてきた。  でも、キンモクセイはたぶん、もう一度狂い咲きする。  そういう年がよくある。  いったん散ったふりして、がっかりさせておいて、10月末にも…
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いつも会う人、彼岸花

 犬を連れて、あるいは家内と二人で、あるいは一人で少し遠くへと、毎日よく散歩する。  歩いていると、同好のウオーカーによく出会う。家の周辺、半径五百メートルばかりの範囲にかぎると、不思議なことに同じ時刻にほぼ同じ人に出会う。  別に時間を見計らっているつもりはないのだが、「さて散歩しようか」と体の奥に何かうごめきを感じはじめるのは、…
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畦をいろどる彼岸花,キンモクセイ満開に

彼岸花。田の畦をいろどる秋の風物詩です。 散歩コースのいたる所に咲いています。 先日匂い始めたわが家のキンモクセイが,今日はいよいよ満開です。 秋のあたたかな陽光に照り映えています。 (2011.10.1) →マイブログ・トップへ  →坊っちゃんだよりへ
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秋だ!! (キンモクセイ、カリン)

 今年もまたキンモクセイの季節がめぐってきた。 まだ開ききらない我が家のキンモクセイ(1) まだ開ききらない我が家のキンモクセイ(2)  今朝、散歩していると、どこからともなくキンモクセイの香りが漂ってきた。  あっ、このキンモクセイだ! と特定できるわけではない。家々の庭に咲くキンモクセイがかすかに、しかししっかりと、…
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社会が燃えていた時代・使命感の時代

 先日、ぼくが所属する松山教会で、東雲学園創立125周年を記念した礼拝があった。学園の創立は1886年(明治19年)である。  考えてみれば、それは日本にプロテスタント系ミッション女学校が次々に設立された時期と機を一にしている。そのほとんどがアメリカ人女性宣教師による設立であった。  当時、日本になぜ爆発的にミッション女学校がで…
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藍の館の女工哀史 (徳島にて)

 秋分の日に、日帰りで徳島に行ってきました。ドイツ館、香川豊彦記念館、藍の館などを見ました。  ドイツ館は、第一次世界大戦時のドイツ兵捕虜収容所跡にできた記念館です。捕虜と市民との交流は盛んだったようで、捕虜たちによる楽団が日本で初めてベートーベンの第九を演奏したことで有名です。  隣に香川豊彦記念館があります。これもなかなかい…
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強くなった女性たち

 書斎の窓から、わが家の裏手の小さなスーパーが見下ろせる。歩いて10分ほどのところに巨大なショッピングモールがあるにもかかわらず、このスーパー、なかなかがんばっている。まるで昔の八百屋か、荒物屋か、駄菓子屋のように、地元に密着して根を張っている。  仕事に疲れると、コーヒーカップを片手に窓からぼんやり見下ろしているのだが、いつ見ても、…
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出版を思い立つ

 ずいぶん長くアップデートを休んでいました。  青春期の日記の整理やら、その出版の準備やらで忙しく……。  そうなんです。わが青春日記を出版しようと思い立ったのです。ほとんど半世紀もの間、手を触れることなくしまい込んでいた日記です。怖くてとても取り出す勇気がなかったものです。  自分で言うのもおこがましいのですが、60年代という激…
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朝の散歩

仕舞ったままにしてあった半世紀も昔の日記を取り出し、過去の自分に再会するという、無上の悦びを味わっていたところへ、三日前、無情にも別の仕事が舞い込み、今朝までかかり切りになった。 原稿料というニンジンのぶら下がった仕事だから、せっかくの楽しみも脇に置くしかない。 何であれ、書くのは好きだから、やり出すとついつい夢中になってしまう。 …
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半世紀ぶりに開いた日記

(日記No.1)  デジタルデータとしての日記を書き始めたのが40歳。  あれからすでに22年。  トータルの文字数は、2011年1月18日現在、290万字となった。原稿用紙にすれば、優に8000枚を超える。  よく書いたものだと思う。  とはいえ、これはぼくの感覚で言えば、比較的最近のものにすぎない。  もっと…
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金星の神秘の涙

今朝、不思議な光景を見た。 7時前、朝の散歩に出たときのこと。 7時が近いと、空はもう明るみ始めている。といっても、光はまだ弱く、空はほんのり青く色づいているだけ。 地上には清新の空気が満ちている。 松山の今日の日の出は7時14分。日の出には間がある時刻。だけどそれは地上のこと。 上空高く昇れば、太陽はすでに顔を出しか…
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早起きは三文の得

今朝、久しぶりに暗いうちの早朝散歩を楽しんだ。5時45分に家を出て、約1時間。 町はまだ街灯がぽおっと灯るだけ。人影もない。あらゆるものが眠りの中にあって、寒さに凍りついている。 一番に期待していた金星が、真っ先に目に飛び込む。 この時期、マイナス4.4等級。金色(こんじき)の巨体だ。独特のぬめっとした輝き。 宵の明星の…
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『最後の忠臣蔵』を見て

妻がぜひ見たいというので、今日、「最後の忠臣蔵」を見にいった。 話題になっているのは知っていたが、「話題」とか「流行」を本質的に嫌うぼくには、妻が誘わなければ見ることのない映画だった。 曽根崎心中がくり返しバックグラウンドを流れることで、可音(カネ)という大石内蔵助の忘れ形見と、討ち入り前夜に内藏助から「抜け出して可音を育て上げよ」…
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道後・農事試験場 (7) ~アメンボ,ツユクサ,ユキノシタ,ネムノキ~

 さて、いよいよ農事試験場シリーズも最終回にしたいと考えている。 【アメンボ】 ぼくにとって、アメンボの原風景も農事試験場にある。あの異様に足が長く、水の上をすいすい滑るように動き回るアメンボ。  初めて見たのは小学1,2年生のころ。場所は、「小区画された実験田」と一応ぼくが農事試験場配置図の中で名づけている田んぼである。一枚分…
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松山雪景色

丹波篠山・舞鶴旅行から帰った翌朝、松山で久しぶりに雪を見た。 といっても、庭の植木鉢やミカン畑の土の上、遠くの山肌などがうっすらと白く雪をかぶった程度。これで感動していては、雪国の人に笑われてしまう。 でも、松山では十分、珍現象なのだ。 松山で雪と言えば、年に2,3度、白いものがチラチラ舞う程度。ときには上着をパタパタはた…
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丹波篠山、舞鶴小旅行

数日前、丹波篠山(山の中の盆地)と、舞鶴に出かけた。ぼくにとってはあこがれの秘境、というとなんだか大げさだが、行きたい行きたいと思いつつ足を向けることのなかった地域であった。 篠山は、昭和の匂いのする商店街と、古城の哀れをさそう篠山城が魅力。 商店街で見かけた狸。 篠山名物・焼き栗売りの店。 石の看板。 …
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道後・農事試験場(6)~広大な圃場の思い出~

 農事試験場のこと。一度は書かねばと思い続けてきたテーマであった。だが、筆を起こしてみると、発掘される記憶はどれも主観に色濃く染め上げられた個人的なものばかり。農事試験場がいかに深くぼくの内面と一体化しているか、主観と客観との明瞭な境界線すらないほどに深く溶けあっているか。そのことに、今さらのように気づかされた。  県民文化会館の礎石…
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ロウバイの香り

ロウバイの枝をもらった。ぼくのロウバイ好きを知る友人から。 いい香り。たまらない。さっそく書斎の出窓に置く。 冬至を迎え、いよいよ冬本番というこのとき、書斎は春の香に満たされた。 カリンは日ごと葉を落とし、実も落とし、冬ごもり寸前。 あれだけたわわに実っていたカリンの実が、今は哀れ2個を残すのみとなった。 残っ…
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ハローワーク、最後のおつとめ。

この春退職し、自由を謳歌してきた。 ぼくにとって、自由こそ大事。お金よりも何よりも大事。それがあれば、もう何もいらない。 そう思っていたのに、ある日、「雇用保険(失業保険)は権利だから、受け取ったらいい」と、友人にそそのかされ、9月に手続きをとった。ぼくの場合、受給は90日とのこと。 受け取るには求職活動をしているという実績が…
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道後・農事試験場(5)~サクラ・アオギリの思い出~

 農事試験場には、要所要所にさまざまな木が植わっていた。研究用というよりは、憩いの空間を作ることが目的の木々であった。ぼくの記憶がそのすべてを正確に反映しているとは思わないが、さまざまなエピソードをともなって鮮明に覚えている木々のいくつかを、ここに書き記しておきたい。子供時代の体験には、人が自然と関わる原初的なありようが濃厚に現れている…
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悲劇の時代

悲劇とは、時間が主観によって極限にまで圧縮されたところに起こる。 感情が極限にまで凝縮され、「今」が、永遠の時間を切断してしまうところに起こる。 感情の限りない振動が時の流れから遊離するときに起こる。 床を跳ねるピンポン球のように、悲劇は、時間の無限の濃縮の中に起こる。 1回目に1秒、2回目にその半分の2分の1秒、3回目にそ…
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悲劇の構造

昨日は一日机に向かっていた。その運動不足が今朝の体重にもろに現れ、これはいかんと、昼過ぎ、少し長めの散歩に出る。 その寒いこと。尋常ではない。空気がまるで凍っている。芯から冷える。いつもなら出くわす何人もの顔見知りの散歩人に、今日は一人として出会うことがない。見渡すかぎりの田園に、人の影は皆無。 あたり一帯、白々しく、寒々しい。 …
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スイセンが見る間に伸びてきた

気がついたら、庭のスイセンがスススッと葉を伸ばしていました。年があらたまれば花をつけ、芳香を振りまいてくれるはず。 自然は季節を忘れないものですね。 それにしても、厳しくなる寒さに活力を感じて葉を伸ばすスイセンの生命力って、どう解釈すればよいのか。 (2010/12/15) →マイブログ・トップへ  →坊っちゃんだよ…
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道後・農事試験場(4)~養鶏研究所の思い出~

 そこを遊びの場としていた子供の目から見た愛媛県農事試験場を語っています。しかも、半世紀以上も前のそれです。研究員や講習所生の目で見た農事試験場像とは、当然ながら、視線の方向・焦点の当て所とも、ずいぶん違いがあるものと思います。  今回はまず、養鶏研究所のことから始めます。幼い日々の思い出が染みついた場所のひとつです。 【初めて見た…
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雨に打たれて

冬の雨。 寂しく、冷たく、悲しい。 でも、言い得ぬ美しさがある。冬の雨。 クロガネモチをぬらす雨。カリンをぬらす雨。 心にしみる雨。 (2010/12/14) →マイブログ・トップへ  →坊っちゃんだよりへ
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道後・農事試験場(3)~農業講習所、講堂の思い出~

(写真1) (図1) 【講堂および農業講習所のこと】 写真1における黒っぽい二階建ての建物が講堂である。図1を見るとわかるが、事務棟と化学実験棟にはさまれた通路(入口に門はなく、土手が切り取られているだけ)を行くと、正面にズドンと構えているのが講堂である。 ただし、講堂と言えるのは二階の話で、一階はおそらく研究室や農業講…
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冬空のカリン

抜けるような青空。色づいたカリン。みごとなコントラストだ。 自然はこうして、あるときふっとぼくらに美の瞬間を与え、命あるものの力と美しさを示してくれる。 命ってなんだろう、なんのために命ってあるのだろう。 カリンは毎年、真っ黄色な実をつけ、熟すと自分でぽたっと落ちる。かぐわしい芳香をまき散らす。 命って、なんのためにあるの。…
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ミカン・裏側の世界

わが家の向かいのミカン畑が、今、静かに実りのときを迎えてる。 大きく枝を広げた木の下にもぐり込み、幹のたもとから、垂れ下がるミカンを撮ってみた。外部からは見えない、裏側の光景。初めて試みたアングルだった。 中に入ると、光もさえぎられ、空は真っ青に晴れているのに、なんだか薄暗い。別世界だ。 間引きされたミカンがいくつも無残に転が…
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暮らしの断片・古きものこそ新しき

これ、なんに見えますか。 ヒント、古い古い子供のプールです。20年以上経ってます。庭の隅に置いてます。 雨水がたまり、杉の葉っぱが浮かんでます。 書斎に香りを放つカリン。 背後の書棚に、青い表紙で『啄木詩歌集』というのがあるの、わかりますか。これは中学生のころ買ってきて、のめり込んでしまい、以来半世紀もの間、手放…
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道後・農事試験場(2)~構内配置図など~

【農事試験場の構内配置図】 ぼくらが遊んだ農事試験場は、いまや思い出の中にしか残されていない。 その構内配置図を、思い出すままに描いてみた。どこかに資料でもあろうかと、探してみたのだが、見つけることはできなかった。『愛媛県農業試験場七十周年史』(1970年)という公式記録集を見ても、研究成果といういわばソフト面にもっぱらの重点が置か…
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道後・農事試験場(1)~周辺の歴史~

先日来、何度か、子供時代の思い出が濃縮された一帯を歩いてみた。松山市の道後公園から上一万にかけての電車通り沿い、およびその北側一帯である。かつての農事試験場周辺といってもよい。 すでに半世紀が経過し、当時の痕跡は、表通りから見るかぎり、完膚無きまでにかき消されている。敷地の境界線や細い路地も、今となっては、その位置を突き止めることすら…
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書斎にて

退職すると、時間がゆったりと流れる。 朝、一杯のコーヒーとともに、心豊かに机に向かい、書斎の窓からスーパーの賑わいと自然の風景をないまぜにした光景を眺め、興の向くままに仕事に取りかかる。 何ものにも縛られない時間。それは至上の無限空間。これこそぼくが待ち望んでいたものだ。 定年までのあと1年を待ちきれなくて、昨秋、退職を決意した、…
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冬の田園

今朝の田園風景です。 すがすがしい朝焼け。朝日に照る柿。 こうして自然に抱かれていると、「命とは」、「生きているとは」、つい考えてしまいます。わが命の不思議さ。 (2010/12/5) →マイブログ・トップへ →坊っちゃんだよりへ
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道後・上一万 ぶらり散策(3)

上は、わが家のクロガネモチにつるしたクリスマスデコレーションです。 さて、子供時代に住んだ上一万界隈を歩いた話の続き。 わが家は電車通りから一筋北にあった。だのに、向かいの家並みが一本そっくり立ち退きに遭った結果、電車通りにむき出しになってしまった。ぼくら一家が引っ越してずいぶん経ってからの話ではあるが、……。 そして今や…
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道後・上一万 ぶらり散策(2)

ぼくの家から道後方面に歩くと、100mも行かないうちに農事試験場に出た。田があり、畑があり、樹木園があり、花畑があり、小川があり、馬小屋があり、牛小屋があり、養鶏場があり、広々とした広場があり、テニスコートがあり、窓からビーカーやフラスコがブクブク泡を出している様子が見える化学実験棟があり、いつもパタパタと女事務員がタイプライターを…
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道後・上一万 ぶらり散策(1)

松山市の旧市街北東部、道後公園から上一万にかけたあたりは、子供時代のぼくの思い出が濃縮しているところ。当時の姿が今もくっきり頭に焼きついている。 初冬の一日、カメラを手に思い出探しの散策をした。 昔のわが家はもう跡形もない。だが、付近を歩くと、かつての名残がかすかに姿をとどめているのが嬉しい。 まずは、かつての豆腐屋さん。建物は昔…
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ドングリ山

子供のころの遊び場であった道後公園。当時に帰って、散策しました。 この公園は、かつて河野氏のお城でした。その内堀です。 裏山はドングリの宝庫。学校から帰ると、大きな袋(昔、ぞうり袋と呼んでいた、上履き入れの袋)を持って山に登り、袋一杯にドングリを拾い集めたもの。毎日毎日飽きもせず、……。 あのころの懐かしい斜面を分け入ってみる…
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テニスコートの記憶

【テニスに夢中】 ぼくはある時期、そうだ、今となってはある時期としか言いようのない過去完了のある時期、テニスに夢中になっていた。持病が突如最悪の事態を引き起こし、倒れ込むように入院してしまうまでの20年間ほどだ。持続したその期間を、今や「人生のある時期」と言わねばならないのは、年を重ねた人間の宿命とはいえ、つらい現実にちがいない。 …
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石手川の秋

4月から通い始めた水彩画教室。 普段は室内で静物や人物をやっているが、今日は初めて屋外に出た。 みごとな秋晴れの石手川。松山の中心部を流れている川だ。 紅葉がすばらしく、初心者のぼくは、ついつい色づいたケヤキの大木をテーマにしてしまう。画面一杯にケヤキを描いた。 先生から、ゴッホみたい、セザンヌみたいと、一応お褒めの言葉をい…
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