日記(ハローワーク)

昨日は午後、ハローワークに行った。失業保険をもらうための「初回講習」に。 この春からリタイアしてフリーな身となり、年金生活者の仲間入りをしているのだが、年金を満額もらえる年に満たないため、失業保険の方が年金よりも高額になることを知り、先日手続きをしたのだった。 手続きしたのはいいのだが、失業保険をもらうためには、「失業中」の…
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日記(健康診断)

この春リタイアしたため、これまでなら職場で受動的かつ自動的になされていた健康診断が、いわば能動的に受けるものに変わった。 今日は、松山市が各地域で順次実施している健康診断の、わが地域での診断日。予定表に黒々と書き込んで、忘れないようにしていた。 事前の申込みは必要ないということだったので、受付開始時間きっかりに行ってみる。も…
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「坊っちゃんだより」から移植しました。

ブログを始めて3日目。 まずは、10年あまり前に開設した「坊っちゃんだより」という自分用のホームページの主要な文章をこちらに移植する作業から始めました。全部はとても無理なので、一部だけではあるのですが…。 ようやく終わり、一息ついたところです。 書くことの好きなぼくですので、今後は、ブログを主要な場として発信していきたいと…
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真っ赤な花の花芯の中へ

いきなり宙に舞った。 すとんと下ろされたのは、自転車の幼児座席。 地面ははるかに遠く眼の下。 ふわりと浮かんだ夢心地。 ぼくはダミーのハンドルを握りしめた。 ぼくは知っていた。 父がウズラの卵を届けに行くことを。 ぼくも一緒に行くことを。 記憶の始まる数刻前、 「卵を届けに行くぞ。清志も行くか」 「うん、行く」 …
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生きることの佳境

 視点が変われば、世界がまるで違って見えることがある。同じ対象に対して、それまではまったく気づかなかった新しい側面が見えてくることがある。世界の色調が変わってしまうそのような瞬間、人は発見の喜びに興奮してよい。対象に備わる新しいプロパティの発見を、人に喧伝し、触れて回ることもできる。だが、喜びがその域にとどまっているかぎり、印象は平淡で…
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残照の中に

いつしか夏至が来て、夏至が去った。 コーヒー色の朝。 アザミの記憶は生々しく、 生まれたばかりの萩の芽と、池の面と、 植物プランクトンの多彩な気泡と、 紫のその棘とは、 ぼくの過去から焦点を奪い、 ベガのように、 行く雲のように、 定まらぬ光の輪を中天にとどめる。 あの日、 真白な開襟シャツのぼくが まだぼく…
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流れる雲に乗って

 思い起こすと、むなしい。悲しい。  悲しみの側面をそっと撫でてみる。何と峻厳。何と多面。何と多様。  基調の一筋も見えてきはしない。  過ぎ去った35年よ。  多様の側面の一つ。  演ずることを死よりも厭うぼくの気質は、教壇をぼくの舞台とさせはしなかった。ぼくはただぼくであった。教師たる自覚に貫かれること…
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靴の現象学

  紀元前3600年ころと年代測定された皮靴が、腐食もなくほぼ原型のまま見つかった。発見場所はアルメニアの洞窟の中。靴の世界最古記録の更新だという。  アルメニアと言われても、はてどこにあるのかと、地図を引っ張り出さないとわからない人も多いだろう。実は私は半年ほど前、シベリア抑留者の体験談を何冊か読んだことがあり、その中にアルメニ…
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年金生活者

 退職したことを痛切に実感させられる日がやって来た。年金が振り込まれたのだ。4月、5月の2ヶ月分。これでぼくもいよいよ年金生活者というわけだ。  「老後」という言葉が頭をよぎり、ちょっと悲しくもなった。だが、何といっても気分は「今から旅立ち」なのだから、年金受給は一つの通過儀礼、励ましの儀礼にすぎない。第二の青春が始まるぞ、という…
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カルチャースクール

 退職したら、自由の謳歌のこれ以上ない象徴として、何かいわゆる習い事をやってみたいと考えていた。それも、これまでの生活になじみのなかったものがよい。全くの初心者としてゼロからスタートできるものがよい。  そう考えて、3月、新聞やタウン情報誌を探し、カルチャースクールの案内を調べてみた。驚いた。講座一覧表がびっしりと紙面を埋め尽して…
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自由意志の背景

 私がこの春、定年を待たずして退職したのは、ひとえに私個人の内発的自由意志によるものであった。それも、とっさの衝動ではなく、長年にわたり思いを募らせてきた末の自由意志の発動であった。  その思いがいかなるものであったのか。その萌芽から成長への全過程は、長年にわたって書きためてきた日記を読み返してみればおのずと知れるとは思うのだが、…
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義弟よ ~その後~

 聞いたよ。最後は奥さんに心を許したんだってね。ベッドのそばにたたずむことをすら拒んできた奥さんに、おむつの交換を許したんだってね。奥さんも「お父さん」ってやさしく君に声をかけたんだってね。  十数年の別居暮らしから、心を通わせるすべすら忘れていた君と奥さんに、ついに再び春が巡ってきたんだね。  それはわずか一日のことだった…
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杏夏へ ~35年目の涙~

 還暦ってわかるかな、杏夏。  じいちゃんは、日本がアメリカや中国と戦った戦争が止んでしばらくした1948年2月にこの世に生まれてきた。だから、いま還暦を少しすぎたところなんだ。還暦というのは六十歳になることなんだからね。  じいちゃんのように還暦をすぎると定年というものがあるんだ。  長い間働いてきてご苦労さん、もう…
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義弟よ

 義弟よ。君が逝ったのは、昨日の朝3時28分。ベッドのそばで最期を看取った妻から電話があったのは6時。静寂の中に鳴り響いた電話のベルに、受話器を取らぬうちからぼくには事態が察せられた。ついにその時が来たようだ。早打つ鼓動を押さえつつ、受話器を取った。君の死を告げる妻の声は静かだった。  ぼくが君を最後に見舞ったのは4月半ばだったね。 …
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トイレ文化考

 一昔前までは、公園の公衆トイレというと、入るのをためらうような薄汚さと悪臭が通り相場になっていた。トイレットペーパーなど、もちろんあるはずもなかった。しかも、汲み取り式だから、大便のときには、ぽちゃっという音とともにおつりが跳ね返ってくるのを覚悟しないといけなかった。  今ももちろんその手のトイレは探せばある。だが、私の見るとこ…
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イギリス旅行記

 久しぶりの海外旅行に出かけた。海外は、社会主義時代の東欧諸国(ソ連、ポーランド、チェコスロバキア、ハンガリー、ユーゴスラビア、ルーマニア、ブルガリア)以来であり、家内と2人で出かけるのは、結婚1年目のアニバーサリー(気が遠くなるほど昔)以来となる。  目的地はイギリス。  エジンバラ、湖水地方、ハワースなど、「イギリスに行…
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多様性の価値

 先日,気になる新聞記事を見た。大阪の橋下知事が,全国一斉学力テストの結果を,大阪府下の各市町村教育委員会は公表すべきだと言ったというのだ。もちろん,私的意見としてだけなら,何を言おうと自由である。問題はそれに続く言葉にある。  「公表するかしないかで,その市町村への交付金の額に差をつける」。  これは大問題であろう。つまり…
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遊びの普遍性

 子供のころよくやった「クチク」という遊びのことを,「鳩になったTさん」にかつて書いた。小学生時代,それも3年生から5年生の頃,仲間うちでずいぶん流行った遊びである。誰かが「クチクをしよう」と言い出すと,それまでは三々五々道ばたに散って遊んでいた子供たちが,突然吸引器に吸い込まれるように集まってきて,町は突如としてクチクの子供たちの占拠…
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亥の子と大黒舞

 最近,西成彦氏の『ラフカディオ・ハーンの耳』を読んでいて,意外な発見をした。亥の子と大黒舞のことだ。  それを話す前に,私にとっての亥の子の思い出を語ることにする。  昭和30年代の松山の下町。当時の子供たちにとって,亥の子は楽しい年中行事であり,同時に,夜寒と闇の神秘性に包まれた行事でもあった。家々から漏れ出るかすかな光…
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西田幾多郎 「或教授の退職の辞」

 還暦を迎え,期するところ少しはある自分だが,西田幾多郎が還暦で京大を定年退職する際に書いた「或教授の退職の辞」には,人ごとでない哀愁と,どこか不思議な親しさが感じられて,読後しばらくしみじみした火照りから醒めることができなかった。  話は,まるで遊体離脱のように,退職慰労会の場にいる自分を俯瞰する場面から始まる。 一団の人…
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胃カメラ

 「胃カメラを飲む」とよく言うが,昨日の検査は麻酔の中,記憶の外。  まず準備室で,小さなカップ一杯の液体を「飲まないように喉の奥にためておいてください,3分間」。唾が出て,今にも飲んでしまいそう。涙を浮かべて我慢する。そのうち喉がしびれて,我慢もかすんでくる。  続いて腕に注射針が刺され,ベッドごとゴロゴロと処置室へ。薄暗…
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日曜日の書斎

 日曜日の開放感とともに庭に出ると,ほのかな香りが一面に立ちこめていた。幸せな気分になる。新緑が放つ香りならすごいなと一瞬思う。だが,カリンもウバメガシもキンモクセイもクロガネモチも,さすがに今の時期,香りを放つものはない。それでもひょっとしたらと,芽吹いたばかりのみずみずしい葉に思わず鼻を近づける。  花や葉に鼻を近づけるのは僕…
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幻の塚

 夜空は厚い雲に覆われ、糸のような雨がかすかに額をぬらす。かつては田の畦に塚があり、塚の上に碑があった。碑は雨風に丸くなり、刻まれた碑文はもう読めない。塚の下には臼に似た石が据えられ、はるかな過去から人はそれに腰かけ、遠くは石鎚を、近くは皿が峰を眺めて疲れをいやした。幾世代もの人の尻に摩耗した石は、尻の形にくぼみを作った。  ぬれ…
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草原でキャッチボール

 木々の緑には独特の香りがある。雑草にもまた紅茶のようなかすかな香りがある。陽気と風に誘い出されて,ここ数日,何度となく重信川の土手に足を向けた。緑と草いきれ。酔いしれるような濃密な酸素。生まれたばかりの緑が吐き出す酸素。ミネラルを多量に含んだ水。得も言えぬ濃密感が鼻腔にも舌にも心地よい。  思わず深呼吸して時を止める。すうっと緑…
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フラクタルのような人生

 今朝,生徒たちを連れて将棋の県大会に。例年なら夕方までの一日仕事になるのが常だ。それを覚悟で出かけないといけない。  将棋にしろ,囲碁にしろ,自分が対局するよりもそばで見ている方がはるかに疲れるもの。立ったままの姿勢は重労働なのだ。歳とともに,その重労働さが骨身にしみるようになる。  今日は気楽だった。1回戦を勝てれば御の…
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ある日の思い

 昨年夏には孫ができ,今年2月に還暦。そして春から年金受給者となる。怒濤のような年寄り組への移行である。また,3月には放送大学大学院で学位授与式があり,苦労が実を結ぶ喜びも味わった。  身は一つだが,取り巻く環境は千変万化だ。  世間に目を向ければ,ガソリンが,庶民のわずかひと月の夢を無惨に切り捨て,元より高い値をつけ始めた…
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祇園会の夜

 ここ二、三日、2月とも思えぬ暖かさだった。昨夜もその前も、夜の書斎は21度。暖房などいらないのはもちろん、靴下が暑苦しくて脱いでしまう。  元来、今は一年でもっとも寒い時期のはず。寒さの中にぽつっと芽生える春を探したいときのはず。  「早春」という言葉がぼくは好きだ。何より言葉自体の響きがよい。そして、言葉から思い描かれる…
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桜の目覚め

 年があらたまり、ニューライフまでの日数がカウントダウンできるところまで近づいてきた。  先日、「退職する教職員のためのセミナー」というのに参加した。退職にともなう種々の手続きやら、老後の生活設計のことやらを教わる。  ぼくの場合、時が満ちてやむなく定年を迎えるのとは違い、自らの意志で自主的に定年を早めたわけだから、こうした…
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アオサギ

 二週間ほどの冬休みが始まった。あれをしよう、これをしようと、いつものことながら休みの始まりはワクワクしてしようがない。今回ももちろんそうだ。  だが、心の奥底にはいつもと違うものがある。醒めているとも言える。  なぜか。春が来れば、そう四月からは、毎日が長期休暇なのだ。特別なことではなくなるのだ。その道をぼくは選んだのだ。…
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心のリフレッシュ

 辞表を出したのが十月になってすぐ。あれから二ヶ月。  突然の辞表に驚いた校長は来年度の数学科教員をネット公募すると言う。直ちに募集。応募者の中から書類選考で残った数名が学校に呼ばれた。学科試験と面接。それが十一月二十六日だった。おそらくその中から採用者が出ることだろう。  こうした事態の引き金になった私はというと、着々と自…
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湯船にて

 昨日の鬱陶しい底冷えのする雨から一夜明け、今朝はまぶしい日射しとおだやかな肌触りの空気。青空がまぶしい。それでも外に出ると季節めいた冷やっとした風が頬をかすめていくこともある。  休日の朝は温泉。ぼくのこの頃のスタイルだ。犬や猫の世話をした後、今朝も近くの温泉に出かけた。  湯船につかっていると、歳月の経過を忘れる。湯船の…
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秋祭り

 ぼくが住む町は松山市の外れ。道路をはさんだ隣は東温市だ。東温市とは市町村合併による新造語。ぼくの頭ではいまだに隣町は重信町である。道路標識には「東温市」の横に「TOON CITY」と書かれている。ぼくはこれを「トゥーン・シティー」と読む。この東温市で先日秋祭りがあった。日曜日のこと。  別に祭りを見ようとしたわけでもなく、昼過ぎ…
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クラス会

 七月に小学校のクラス会、九月に高校の同窓会と、たてつづけに昔の友人と語る機会があった。団塊の世代の我々にとって、話題は第一に孫のこと、続いて今後の身の処し方のこと。  勤めている者は、定年という人生のターンポイントが焦眉の問題となっている。すでにそれを迎えてしまっている者も多い。退職して悠々自適の生活に入っている者もいる。天下り…
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月にウサギはいるの?

 ぼくは口べただし、思ったことは言えないし、人の輪の中でもただ聞き役を通しているだけだし、何か自分に向かって悪口がささやかれたとしても、反論する気にもなれず聞き流しているだけだし、「それおかしいだろ」と思うことがあっても、まあ人には人の道があるものだと、追求する気にはなれず、かといって人への門戸を閉ざしているわけでもない。  ぼく…
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手帳とケイタイのエントロピー

 ケイタイ全盛の今日、手帳を持ち歩く人はもはや少数派なのかもしれない。たいていのケイタイにメモ機能がある。それが手帳の肩代わりをしてくれないわけではない。手帳を手放せないという人ですら、たいていの場合、その使い道はスケジュール帳というのが現状ではなかろうか。思いついたことをメモするための手帳(スケジュール欄のない罫線だけの手帳)は今では…
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数学雑感(センター試験)

 先日のセンター試験の数学の問題を解いてみて,数学Ⅰ・Aと数学Ⅱ・Bとでずいぶん難易が違うのに驚いた。しかしまあ,そういう年はこれまでにも何度もあるからいいとして,数学Ⅱ・Bの中での選択問題間の難易にかなり開きがあるような気がした。これは受験生の不公平にもつながり,少々問題であろう。  第1問,第2問が必須で,第3問~第6問のうち…
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雪のひとひら

 ぼくが勤める学校で入学試験があり、昨日が選考会議、そして今朝はレタックスで合否発表。今ごろはちょうど届いている時分だ。  選考会議があった昨日、終えて帰宅する途中、松山には珍しく雪が舞った。はじめはどこかのたき火の灰でもが降っているのかと見ていると、そうではなくどんどん舞い落ちてくる。はらはらと落ちる軌跡が一本一本見分けられるほ…
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『パタゴニア探検記』のこと

(1)  半世紀も忘れ去られたまま一度も想起されることのなかった記憶なんて、もはや記憶の体をなしているはずはなく、溶けて流れて無に帰しているはずと、昨日までのぼくなら考えていたかもしれない。だが、人の記憶というのはそうやすやすと風化してしまうものではないらしい。人生におけるある一瞬、ある対象に意識が照射されたなら、その後はただの一度も…
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朝の香り

(1)  朝は得意な方でない。目一杯寝ていたい方だ。5分おきに鳴る目覚ましの4回目あたりでようやく起きる。もう間に合わないという極限の時間である。  だが、休日となると話はまったく違ってくる。目が覚めて、「あっ、今日は休みだぞ。自由だぞ」と感づいたらもうじっとはしていられない。理性の方は懸命に、「まだ寝ていた方がいいぞ、頭の芯が…
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散髪屋

(1)  散髪屋というものに行かなくなって久しい。最後に行ったのがいつなのか思い出せないほどだ。家の近くに二軒の散髪屋がある。一軒は駅のそばで、歩いて2分ほど。河北という。もう一軒は家の前の通りを反対方向に歩いて5分ほど。増田という。  T町から今の家に移り住んだ当初は駅のそばの河北に行っていた。自分と同年配かと思われる若い理髪…
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窓辺

 書斎は2階にあり、隣の日本間とはガラス引き戸でつながっている。その日の気分で二間のどちらを使うかを決める。書斎が二間あるという言い方もできる。新築したのは36の時だった。早いもので、もう四半世紀である。  この36という年は僕にとって忘れられない年となった。35で何があったか、37で何があったかと考えても思い出せないが、36は自…
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「今」の不思議

 「今」とは何か。前回も考えたことだが、私にとってはいまだに不思議な難問である。  人間という世界理解の主体を仮定しないで、客観的にこの宇宙を、「今」と呼ぶべき時間の先端が波の波頭のように突き進んでいるというイメージは、私にはなかなか湧かない。ものごとを単純化したい衝動に打ち負かされたときには、そう考えたくなることもないわけではな…
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ザリガニと今

 田の畦に立ち、北に連なる山を見た。高くはないが奥深い山だ。山懐からは、幾筋もの川が流れ下っている。中でも大きいのは小野川。それに寄り添うように、悪社川が下ってくる。もっと上手からは、内川という川も流れてくる。これらが私の住む町とも田園ともつかない平地を、つかず離れず並行して流れ下ってゆく。  その狭間をさらに、名もない小川が幾筋…
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ネコのこと

 ネコが人の手で飼育されるようになったのは、犬ほど古くはないものの、遅くとも紀元前2500年ころまでは遡れるという。たしかな証拠としては、紀元前2000年ころのエジプトの絵に、首輪をつけたネコが描かれているのがあるらしい。  日本にはしかし、土着のネコはいなかった。日本にネコが入ってきたのは、平安初期のこと、とか。  面白い…
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イソップ

 イソップ物語は子供向けの童話や絵本として昔からなじみの深いものだが、私はこれまで、その手の子供向けの童話以外にイソップを知る機会はなかった。  最近、岩波文庫の「イソップ寓話集」を読み、初めて原典の味わいに触れることができた。といっても、イソップ自身がこれらを書き残したというわけではなく、彼は聴衆に向けて語る人であった。 …
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金星の太陽面通過 (2)

 6月8日の金星の太陽面通過、楽しみにしていたのだが、残念、見えなかった。その日、仕事を終えると大急ぎで帰宅し、日没までまだ30分ほどあるからと、夕日のよく見える池の土手まで歩く。家を出るとき、家内を誘うが、家内はそんなことには何の興味もないようで、  「これを逃すと一生見られないかもしれないぞ」  「あっ、そうなん。でもま…
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金星の太陽面通過 (1)

 わくわくするような瞬間が近づいている。金星の太陽面通過だ。金星はもう半年も前から巨大な星となって、日没後の西空を煌々と照らし続けてきた。夕方散歩することが日課となっている私にとって、この半年、金星はいつでも私の友であった。濃紺の西空に白い金星が一番星となって輝き始めると、私の心はほっと落着き、やがて空から光が消えゆくにつれ、それは涙の…
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鼻がくらむ犬

 暗がりを歩いていていきなり車のヘッドライトに照らされると目がくらむ。よくあることだ。人の場合、外界の刺激の大半は視覚を通して伝えられるものであろうから、目がくらむと、その瞬間外界との接点を失い、虚空を漂うような不安な頼りなさを覚えることがある。  私は数年前まで、毎日数キロのジョギングを欠かすことのない日々を続けていた。たいてい…
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悲しい人間

 人の性格はいつ、どのようにして形づくられ、どの時点で固化するのか。人生の初期には流動性と変形可能性を持った時期があるのか、それとも可能性は幻想にすぎず、所詮は定められた道に従って固化してゆくものなのか。  固化した後も、強い外力が働けば可塑性を示すのか、それすらあり得ず強固に内面の力が原型復帰をうながすのか。  あるいはま…
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鳥のように

 久しぶりの星空。梅雨空にかき消されて、夜空が晴れ渡ることのなかったここ一、二週間。今夜ははっと目が醒めるような三日月だ。正確には今日の月齢は四日。だが、まあ一応三日月としておこう。  そばには金星が輝いている。そして天頂には木星。日の落ちた直後の地平には彗星が尾をたなびかせているのかもしれないが、それはちょっと見ることができない…
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