病院通い。春の兆しその2

ぼくは2つの難病を抱えていて、一つは、指定されてもう36年になる潰瘍性大腸炎。安倍首相と同じ病気だ。もう一つは、指定されて3年半の全身性アミロイドーシス。

潰瘍性大腸炎では50歳ころ、死ぬかと思うほどのひどい目に遭い、一年間、休職する羽目に陥った。復職後も、何度もひどい下痢や大腸からの出血を体験し、長い休職はその一度だけだったものの、体内に不快な違和感を感じながら仕事(授業)をしないといけないことが何度あったことか。

年に3度はそういう時期が訪れた。その都度、最低でも一ヶ月、長ければ二ヶ月くらい、違和感を抱えながらの生活になる。つまり一年の半分近くがそんな状態だった。その間は、体に力が入らず、元気がなくなる。仕事においても、当然、若いころのような活力がなくなる。

定年退職するまでの10年少々はそういう状態だった。50歳まで毎日続けたジョギングとテニスは、復職後ピタッとやめた(やれなくなった)。

難病指定されたのは36歳のとき。それから50歳までの14年間にもそういう不快な下痢や出血はもちろんあったが、今思えば軽い方だった。何と言っても、二十歳代半ばから始めたジョギングとテニスは、50歳まで続けられたのだから。

さいわい、今はすっかり症状は治まっている。症状が治まって5年にはなる。あのつらい日々はいったいどこに飛んで行ったのだ。

二ヶ月に一度薬をもらいに通っている潰瘍性大腸炎の主治医の先生の、今日(日付が変わってからこれを書いているから、厳密には昨日)は診察日。順調に良好状態が続いていて、二ヶ月分の薬をもらっただけで診察は終わり。

潰瘍性大腸炎が安定した寛解状態になったと安心したとき、次の難病、全身性アミロイドーシスがやって来た。血液のガンの一種、命に関わる難病だ。もう退職後の身だから、休職などという心配はないのだが(というより年中休職している)、この病気でいったい何度入院したことか。

その間、造血幹細胞の自家移植などという手術もやった。自分の造血幹細胞を一時的に抜き取って、冷凍保存しておき、その間に強力な抗がん剤で血液の主な細胞をすべて破壊する。悪い細胞だけでなく、良い細胞も破壊する。そこに、保存しておいた造血幹細胞を移植して、ふたたび血液細胞を復活させる。まあそんな手術だ。

それにより、最悪の状態、つまり平均すると2年ほどで死ぬだろうという状態からは脱出したのだった。しかし残念ながら完全寛解とはならず、部分寛解と呼ばれる状態にとどまっている。放っておくと徐々に悪くなるから、日常的に抗がん剤を飲み続けて、何とか現状維持に努めている。

抗がん剤の副作用である手足のしびれや、ときおりの倦怠感や不眠などは如何ともしがたいのだが、何とか症状は踏みとどまっていて、その結果、毎日1時間ほどの散歩が可能になっているというのが実情なのだ。自覚症状としてはどこにも悪いところがない。健康そのもの。

90歳までは生きられるかも、などと夢のような想像さえしてしまうのが今のぼくだ。子ネコを飼う気になったのはそのためだ。

散歩中に見つけた春の兆しその2。

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晩柑類の一種。正式な名前は知らない。ミカンは初夏に咲く花の香りも好きだが、実がたわわになっているのを眺めるのも好きだ。


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これも名前は知らない。レンゲなどとともに野原に咲くピンクの小さな花。こういう季節になったのかと思う。


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麦が10センチばかりに伸びてきた。いかにも初春の光景だ。


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みごとに咲いた白梅。


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真っ赤に沈む太陽に、ぼくは春を感じてしまう。秋を感じる人もいるだろうが、霞にしっとり濡れて落ちる太陽はやはり春だ。この太陽、目には濃い真紅だが、写真にはなかなか赤く写らない。カメラの性能、それと技術の問題だ。




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