「3密」の定義を閣議決定して頂きたい

コロナ対策の肝要は3密を避けることだと叫ばれている。密集、密閉、密接を3密と呼ぶらしい。だが、この定義、実にあいまいだ。

安倍昭恵夫人が、コロナ対策特別措置法が施行された直後に大分の宇佐神宮を大挙して参拝し、問題になった。これに対して安倍首相は、「神社の参拝は密閉ではないから3密に当たらない」と、問題視しない考えを表明した。とんでもない開き直りだ。

この開き直りの原点には、3密の定義のあいまいさがある。論理学で言うところのANDとORがあいまいなのだ。条件が3つともそろって初めて3密になると首相は解釈し、実際、小池都知事が最初に3密を言いだしたときにも、そのように言ったと思う。つまり3密とは、「密集 AND 密閉 AND 密接」のことだと、一般には考えられている。

だけどそれだと、実際にとられている対策と大きな齟齬をきたすことになる。たとえばプロ野球。屋根のない球場であれば(あるいはドーム球場であっても屋根を開いていれば)、いかに密集、密接でも、決して3密にはならないであろう。それをなぜ中止にしないといけないのか。あるいは、公園や遊園地に大勢集まることをなぜ避けねばならないのか。絶対に3密にはならないはずなのに。

さらに言えば、公園のベンチでカップルが寄り添っていても、そこにあるのは密接だけであって、密集も密閉もない。だからウイルスが感染するおそれはなく、安全だというのであろうか。

3密をANDで定義しているつもりでいながら、実際にはORで解釈して対策をとっている。それが現実なのではないだろうか。「外出を控えよう」、「STAY HOME」、これはORの解釈だからこそ意味をもつ対策だ。家から出て町を歩いても、AND定義の3密なんて成り立つはずがないのだから。

要するに、密集、密閉、密接のどれか一つでも要件が成立すれば危険なのだ。密集一つでも危険なのは言うまでもない。密閉もやはり単独で危険だ。一人だけの部屋ならば、密閉してても自己感染による増幅作用しか起こらないから、まあそれはよしとしよう。しかし二人以上いれば、たとえ密集、密接とは言えない場合でも、やはり換気が必要だと、専門家も小池氏も言っている。密接もまた、密集、密閉の有無にかかわらず単独で危険である。

こうした事情があるから、「STAY HOME」を強く要請することに意味があるのだ。3密とは「密集 OR 密閉 OR 密接」のことなのだ。そうでないと「STAY HOME」の主張は存立基盤を失うのだ。

安倍首相の夫人擁護の言い草は、とんでもない開き直りと言うよりも、とんでもないまやかしであり、論理の初歩的ミスであるわけだ。笑ってしまう。

「不存在の証明は悪魔の証明」と、どこかで聞きかじったことを鬼の首でも取ったように振りかざし、「私が何も悪事を働いていないことは、私には決して証明できない。そうではないと言いたければ、あなた方がその証拠を示さなければならない」と開き直る。これも安倍首相の得意技の一つである。

はたして本当だろうか。数学者は不存在の証明のためにいかに心血を注いできたことか。たとえばフェルマーの最終定理、これはまぎれもなく不存在の定理である。だけど数学者は、その証明を「悪魔の証明だから不可能」などと片づけてしまわず、必ず証明できるはずと信じて努力を積み重ね、300数十年の後にワイルズがその証明を果たしたのだった。安倍首相はこれをどう見るのだろう。

彼はトランプ大統領同様、都合のいい聞きかじりを、それについてまじめに勉強するもことなく鵜呑みにし、鵜呑みにするだけならまだしも、意気揚々とそれを楯にし鉾にして異論に対して攻撃する。そういうタイプの人らしい。

その結果、小学生にでもわかる明々白々な論理矛盾に陥ってしまい、やむなく尻尾をつかまれないための証拠隠滅に走ってしまう。さらにまた、一度陥った論理矛盾を決して訂正することをせず、逆に矛盾の上に矛盾を重ねてにっちもさっちもいかなくなってしまう。そのとき出してくる最終切り札は、とんでもない赤っ恥の閣議決定だ。「安倍昭恵は私人である」には参ってしまう。心ある人からは、聞くに耐えないと失笑が洩れる。

ここらで「3密」の正確な定義を、ぜひ閣議決定して頂きたい。そう願うのは私だけであろうか。



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